アポキルの恩恵と弊害

2018年06月28日

アポキル錠(オクラシチニブマレイン酸塩)

犬アトピー性皮膚炎の治療薬として日本でも発売され、皮膚疾患治療において大きなオプションとなりました。当院でも積極的に使用しており、とても多くのワンちゃんが痒みから解放されています。

このお薬はJAK阻害薬というものでいわゆる分子標的薬です。痒みのシグナルだけを遮断し痒みを止めるというお薬です。分子標的薬だけあって他の効果は殆ど無く平たくいえば副作用なく安全に使えるお薬ということになります。しかもこのお薬は効き初めがとても早いということもメリットだと思います。アトピー性皮膚炎は痒みを主とする疾患であり、ワンちゃん達は痒みが出ると簡単に掻き壊しや舐め壊しをおこし二次的な皮膚炎を助長させてしまいます。そのため、痒みを即座に止めるということも大変重要です。その面でも良いお薬と言えます。

アトピー性皮膚炎の痒み以外の痒みも止めてくれることも多く、文字通りの痒み止めとして膿皮症などによっても治療の中に追加されるケースもあります。蛇足ですが、私自身内科学アカデミーで膿皮症に痒み止めは殆ど必要ないのでは?抗生剤だけでもかなり早くに痒みが取れてきますよという講演をしています。ただ、アポキルはそれ以上に効果発現が早いのでその限りでは無いなとも思っています。

話は逸れましたが、それだけ優秀なお薬であるため当院で診させてもらう皮膚疾患のセカンドオピニオンでもアポキルの使用例が目立ちます。しかし、それでも痒みが取り切れない・薬を飲んでいないと痒いといったケースが多いです。そのような場合、ほとんどのケースで大元の疾患のコントロールが出来ていません。残念ながら皮膚病≒痒みを取ればいいんでしょという程度の知識の先生も少なくなく、とりあえずのアポキルとなっています。膿皮症やマラセチア性皮膚炎といった掻痒性疾患に対しそちらを治すこと無くひたすらアポキル。。。確かに痒みは軽減ないしは消失するかもしれませんが、大元を治せばそもそも不要なお薬です。副作用は殆ど無いと言ってもコスト面や投薬の手間など負担を無駄に強いていることに変わりはありません。ときには外部寄生虫症に対してひたすらアポキルを使っていたというケースもありました。当院で検査をし、虫の治療をした直後から殆ど不要となりスキンケアだけでコントロール出来ています。

皮膚病が火事だとすればアポキルなどの痒み止めは消火器であり、あくまでも鎮火させることは出来ても火種を取り除くことは出来ません。確かにアトピー性皮膚炎の重症例など火種が取り除ききれないケースもありますが、そうでないケースも多いということは知って頂きたいと思います。また、アポキルが効きにくい症例もあることや痒み止めには色々な種類があるということも同じです。消火剤にも色々な種類がありケースで使い分けるのと同じですね。

皮膚病は診断技術や治療薬の発達などによってきちんとした診断&それに準じた治療を展開することが可能になってきています。昔の様に「とりあえず抗生剤や抗真菌剤とステロイドを〜」の時代はとっくに過ぎています。でも命に関わることが少ないからかそのスタンスが続いているのがほとんどの一次診療です。ましてアポキルの登場によって「とりあえず痒そうだからアポキル、長く飲ませても平気だからとりあえずアポキル」となりかかっている風潮に危機感を覚えます。とても良い薬であることの裏返しですが、正しい使い方が大切です。その知識は意外にも誰もが知っているわけでは無いのが街の動物病院、すなわち一次診療の現状です。そういったことに嫌気がさした事もあり、私は皮膚科認定医を取得しました。

「やっぱり皮膚科認定医は違うね」そう思って頂いたりお言葉を頂けることは嬉しいことでありますが、ゴールはそこではありません。我々皮膚科認定医は一次診療レベルから皮膚科診療レベルの底上げをしていくことへのきっかけ・カンフル剤にならないといけません。

今のお薬で良いのだろうか?治療でよいのだろうか?皮膚病は症状が目に見える病気です。その都度の最適なお薬の選び方が大切ですね。